「大丈夫」という言葉は、誰かを安心させるためのものではなく、自分を守るための防壁なのかもしれません。

新曲『I’m fine…』を公開しました。 この曲は、無意識に使ってしまうその短いフレーズの裏側に張り付いた、生々しい痛みをテーマにしています。

称賛という名の重り

誰かに褒められたとき、素直に「ありがとう」と言えますか? それとも、その言葉を聞いた瞬間、「ありがとう」と言いつつも反射的に心を閉ざしてしまうでしょうか。

自己肯定感が低い、という一言で片付けるには、あまりにも複雑な感情がそこにはあります。 「よく頑張ってるね」「すごいね」と言われるたび、その言葉は光ではなく、鋭利な刃物となって胸を刺すことがあります。

相手に悪気がないことは痛いほどわかっている。むしろ、相手は純粋な好意や優しさでその言葉を投げかけてくれている。

けれど、その光が強ければ強いほど、自分の内側にある影の濃さが浮き彫りになってしまうのです。

“よく頑張ってるね” その言葉が ナイフみたいに優しく刺さる もうやめて 私 全然大丈夫じゃない

褒められるような人間じゃない。 内側はこんなにも怠惰で、何も成し遂げていなくて、ただ時間を浪費しているだけなのに。 過大評価と感じた承認された「外側の自分」と、空っぽな「内側の自分」。その乖離が広がるにつれて、自分という存在が周囲から隔絶されていくような感覚に陥ります。

腐敗していく時間

そうして自分の殻に閉じこもるほど、世界は遠のいていきます。そんな時に一番コスパ、タイパに優れた世界である SNSのタイムラインでは、誰もが鮮やかに生きているように見えてしまいます。それに比べて、自分の時間は止まったまま、ただ澱(おり)のように沈殿していく。

歌詞の中に書いた「腐っていく」という感覚は、単なる比喩ではありません。 やるべきことはあるのに、体が動かない。カーテンを開ける気力さえ湧かない。 そうして積み重なった日常が、洗濯物の生乾きの匂いのように、じっとりと心にまとわりつく。そんな時は、本当に思考も行動も腐ったものに変化していると思います。

部屋の空気が 少し酸っぱくて 自分が少しずつ 腐っていく音がする 誰にも気づかれないまま

自分だけが腐敗のサイクルの中にいて、そこから抜け出せない焦燥感。 褒め言葉を受け取れない自分を「面倒な性格だ」と責め、また一つ、自己嫌悪の螺旋を降りていく。

砂漠のオアシスとして

けれど、他人の言葉を拒絶したいわけではないのです。ここが、私たちの抱える矛盾の苦しいところです。

自分自身で自分を認めること――自己肯定感を自家栽培することは、荒れ果てた土地ではあまりに難しい。だからこそ、他人から与えられる承認は、それが、本音であろうが建前であろうが、本来ならば砂漠のオアシスのように貴重な水であるはずなのです。

喉は渇いているのに、水をうまく飲み込めない。 依存してしまいそうになるその甘さに怯えながら、それでも誰かの言葉を求めてしまう。

今はまだ、その優しさをうまく力に変えることができないかもしれません。 受け取ろうとするたびに、こぼれ落ちて傷ついてしまうかもしれない。

それでも、その葛藤の渦中にいること自体を、今は否定しないでいたいと思います。 いつか、不器用なままでも、誰かのくれた言葉を「お守り」のように懐に入れられる日が来ることを願って。

I’m fine… I’m fine… その言葉で自分を殺してる

「I’m fine」で疲弊していく人が、いつか本当の平穏に変わるのを願っています。 SoLuniaは、その嘘と痛みの隣にいます。

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