三日目のゴミ袋と、赤い印のついたカレンダー
玄関に、ゴミ袋が三日置かれている。燃えるゴミの日は、たしか火曜だった。今日はもう木曜の朝で、袋の口は結ばれたまま、そこにある。出すだけ。ドアを開けて、数メートル先のゴミ置き場まで。たったそれだけの距離が、途方もなく遠い。散らかった部屋で動けない夜。この文章は、そういう夜と朝の、ただの記録です。
椅子に積まれた洗濯物のかたち
椅子の背もたれが、もう見えない。洗濯物が、低い山になっている。畳めば終わる。畳むだけ。引き出しに入れるだけ。それなのに、椅子の横を通るたびに目を逸らしてしまう。
山はだんだん、椅子の形を忘れていく。椅子は服でできた塚になって、部屋のランドマークになる。散らかった部屋で動けない夜は、こうして少しずつ景色を書き換えていく。昨日と今日の境目が、服の重なりの何枚目かにすり替わっている。
いちばん下の服は、いつ着たのかもう思い出せない。積まれた順番は、動けなかった夜の積み重ねと、たぶん同じ地層をしている。触れば崩れそうで、触らなければ固まってしまう。部屋の中に、小さな化石がひとつ増えていく。
カレンダーの赤い印
冷蔵庫の横に、小さなカレンダーを貼っている。赤い丸が、いくつかついている。歯医者の予約、連絡しなきゃいけない電話。丸のひとつひとつは、重くない。でも、丸の総数が重くなる。
赤い印は、見るたびに少しずつ濃くなる気がする。ペンのインクが濃くなるわけではなくて、視線が赤を強めていく。動けない日が続くほど、カレンダーは部屋の中でいちばん大きな音を立てる。紙なのに、鳴っている。
冷蔵庫の、空っぽの光
夜中に冷蔵庫を開けると、中は空っぽに近い。買い物リストは、冷蔵庫の扉に貼ってある。書いたまま、忘れている。スーパーは徒歩八分のところにある。歩けば着く。それだけ。
冷蔵庫の光が、暗い台所に長方形を落とす。その光を、しばらくぼんやり眺める。明日こそは、とつぶやく。何度目の明日こそは、なのかは、もう数えていない。冷蔵庫の扉を閉めると、光の長方形も消える。部屋の暗さが、一段深くなる。
冷蔵庫のモーター音だけが、小さく続いている。空っぽの中を冷やし続ける音は、どこか間の抜けたやさしさがある。誰も責めない機械の音に、助けられている夜がある。
部屋の隅の、開かない段ボール
引っ越しのとき運び込んだ段ボールが、ひと箱、部屋の隅にそのまま置かれている。何が入っているかは、たぶん覚えている。中身を出せば、終わる作業。でも、触れない。触れたくない。
完璧に整えられないなら、開けないほうがまし。そういう声が、胸の奥から聞こえる。声の主は、わたし自身です。段ボールの側面に、薄くほこりがたまっている。ほこりの厚みが、手をつけなかった日数の目盛りになっている。
段ボールの上にだけ、夕方の光が斜めに落ちる時間がある。光が当たっている数分間は、その箱がきれいな立方体に見える。中身を知らないものが見たら、ただのオブジェだと思うかもしれない。
おわりに
散らかった部屋で動けない夜、部屋は責めてこない。ただ、そこにあるだけ。責めているのは、いつも鏡の中の方で、部屋ではないのだと思う。今夜もゴミ袋は、玄関に置かれたままかもしれない。それに対して適切に言える何かを持ち合わせてはいないけど、ただ、同じ景色を見ている誰かがいる。その事実だけを、ここに残しておきます。


