トースターのレバーを下げる。

つけっぱなしのテレビが、朝のニュースを読み上げている。知らない地名と、数字。画面の向こうでは、今日も何かが起きて、きちんと数分で終わっていく。

しばらくして、パンの上がる音がする。

バターを塗る音がする。

この台所で今朝起きたことは、それで全部だ。

世界は、時刻どおりに動いている

駅へ向かうバスは、時刻表のとおりに来る。

乗り場の電光掲示に、遅れの表示は出ていない。

車内のスピーカーが、平常どおり運転しております、と言う。

何も止まっていない、という意味の言葉が、決まった調子で流れる。

決まった曜日の決まった時刻に、収集車が角を曲がってくる。

停まる音。
蓋を開ける音。
投げ入れる音。
圧縮する低い唸り。

それが済むと、車はまた次の角へ移っていく。

音が遠ざかって、道は元の静けさに戻る。

この道で今朝あったことも、それで全部になる。

信号は同じ間隔で変わる。

横断歩道の待ち時間は、今日も昨日と同じ長さだ。

店の自動ドアが開くたびに、入店音が短く鳴る。

工事の誘導灯が、同じ速さで点滅している。

どれも予定どおりで、どれも正確だ。

正確に回っているものを数えていけば、今日が無事だったという証拠は、いくらでも集まる。

集めているあいだも、こちらの一日には、まだ何も起きていない。

壁の向こうで進んでいる、別の一日

夕方、ベランダで洗濯物を取り込む。

両手がふさがるまでの、数分。

日が落ちきる前の、空がまだ半分明るい時間だ。

下の道を、自転車が一台通っていく。

ブレーキの軋む音。

少し先で、車のドアが閉まる音がする。

どこかの玄関が開いて、また閉まる。

隣の家から、食器の音が聞こえる。

テレビの笑い声。

誰かを呼ぶ声。

どれも、言葉の内容までは届かない。

少し離れたどこかの家から、夕飯の匂いが上がってくる。

壁を一枚はさんだ向こうで、別の一日が同時に進んでいる。

同じ時刻に、同じ夕方が。

こちら側で鳴っているのは、洗濯ばさみを外す音だけだ。

言いかけて、取り下げる

誰かに話そうとして、口の中で一度、文を組み立ててみることがある。

出だしは決まって、

「別に何かあったわけじゃないんだけど」

になる。

その先が続かない。

何も起きていない一日には、話す部分がない。

言い終わる前に、判定のほうが先に出てくる。

贅沢だ、と。

無事な一日を、落ち着かないと言っている。

安心していい材料は、朝から夜まで揃っている。

バスは来た。

電車も動いた。

誰かから悪い知らせが届いたわけでもない。

夕方には洗濯物を取り込んで、夜になった。

それなのに、息の吸い方がずっと少し浅い。

恵まれていることと、息が詰まることは、どうやら同時に成り立つらしい。

片方を認めれば、もう片方が消えるという順番にはなっていない。

おわりに

夜の遅い時間になると、外の音は一つずつ減っていく。

最終のバスが角を曲がる。

エンジンの音が坂を下りながら低くなって、途中で一度信号に止まり、また動き出す。

やがて、その音も遠くの車の音に混ざっていく。

テレビを消す。

急に部屋が静かになる。

冷蔵庫の低い音だけが残る。

今日も、特に何も起きなかった。

無事だったと言っていい一日だった。

それでも、息を吐いた音が、思っていたより大きく聞こえた。

『in Peaceful Days』という歌は、何も起きない一日を無事に過ごしながら、守られているはずの場所にいることが、そのまま落ち着かなさになってしまう人の歌です。

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