時間だけはまるごとあった。それでも、始めなかった。

時間だけはまるごとあった。それでも、始めなかった。

今日は土曜で、予定は何もなかった。誰かと会う約束も出かける用事もなく、朝から夜までまるごと空いていた。

決めていたことは、一つだけだった。

机の端に、封筒が置いてある。中の紙に何か所か記入して、封をしてポストに入れれば終わる。期限らしいものは書かれていないので急ぐ理由もなく、たぶん五分もあれば済むことだった。

だから、今日はできる日だった。

はずだった。

まだ時間はある

起きたのは、いつもより遅かった。急ぐ理由がなかったので、目が覚めてからもしばらく布団の中にいた。

コーヒーを淹れ、先に洗濯を済ませておこうと思って洗濯機を回した。封筒はそのあとでいい。そう決めて座り、スマホを開いた。

特に見たいものがあったわけではない。それでも何となく画面を眺めているうちに、洗濯機が止まる音がした。

洗濯物を干し終えて時計を見ると、まだ十時半だった。

半日以上残っている。

午後からでも十分だと思った。

冷めていたコーヒーを温め直した。朝から二回目だった。

昼は家にあるもので済ませた。食器を洗ってしまえば台所には何も残らず、それからまた椅子に座った。

その日、机の横は何度も通っていた。

封筒はずっと見えていたし、椅子に座ったままでも手が届く距離にある。それでも手を伸ばさないまま、気がつくと二時を過ぎていた。

時計を見て、少しだけ自分に呆れた。

五分で済むことに、もう半日使っている。

もちろん、まだ時間はあった。

何があれば始められたんだろう

平日は時間がなかったから、できなくても仕方がないと思えた。

今日は朝からずっと時間がある。夜まで何も入っていない。

今日は、その言い訳が使えなかった。

時間ができればやれると思っていた。その時間が今ここにあるのに、封筒は朝と同じ場所に置かれている。

じゃあ、足りなかったのは何だったんだろう。

少し考えてみたけれど、何も浮かばなかった。

時間ができたらやる

「時間ができたらやる」と、ずっと思っていた。

誰かに言ったわけではない。自分に言っていただけだ。嘘をついたつもりもなかったし、時間ができたら本当にやるつもりだった。

今日が、その日だった。

今から始めてもすぐに終わる。そのことは、自分がいちばんよく分かっている。

分かっているのに、椅子から立ち上がるまでにまた少し時間がかかった。

ようやく机まで行き、封筒を持ち上げた。

思っていたより軽かった。

中の紙は出さなかった。ペンも取らなかった。

ただ持ち上げて、また同じところに戻した。

座り直して机を見ると、何も変わっていなかった。それなのに、ほんの少しだけ何かをしたような気がした。

その感覚に気づいて、少し嫌になった。

机の端

夕方になって、夕飯を作った。

食べて、食器を洗って、片づけまでいつもどおりに終わらせた。やろうと思わなくても、こういうことはいつもの順番で進んでいく。

台所から戻ると、机の端に封筒があった。

椅子に座って、しばらくそれを見ていた。

先週の土曜も、ここにあった。

その前の土曜も、たぶんあった。

いつからここに置いてあるのか、思い出そうとしてもはっきりしなかった。

五分で終わるはずのものが、何週間ここにあるのかも分からなくなっていた。

おわりに

いつのまにか、部屋が暗くなっていた。

電気を点けると、封筒は朝と同じ場所にあった。

今日は忙しくなかった。特別疲れていたわけでもない。誰にも呼ばれず、急かされることもなく、時間だけは朝から夜までまるごとあった。

だから今日は、「時間がなかった」とは言えない。

封筒の端が少し曲がっているのが気になって、指でまっすぐに直した。

それ以上は触らなかった。

電気の下で、封筒だけがきれいに机の端へ揃っていた。

始めないまま、今日が終わった。

『Five Minutes Forever』という歌は、五分で終わるはずのことがどうしても始められなくて、そのたびに自分を駄目な人間だと責めてしまう人の歌です。

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