平日の昼、友達と定食屋にいた。盆がふたつ並んで、味噌汁の湯気が上がっていた。隣の席では注文を通す声がしていて、こちらは仕事の話と趣味の話をした。
その合間に、めずらしく自分の話をした。コップの水を一口飲んで、「最近ちょっとしんどくて」と言った。そこで止めた。返ってきたのはひとことだった。
「もっと辛い人いるよ」
「うん、知ってる」
考えるより先に口が動いていた。味噌汁はまだ温かかった。会話は次の話題に移って、食事は普通に終わった。
知っている
あの一言に間違いはない。食べられない夜がある人がいることも、屋根のない冬を越えている人がいることも、実際に知っている。悔しくはなかった。その通りだと思っただけだった。ただ、口を開く前に自分の話は終わっていた。
指はすぐ動く
夜、グループLINEに誰かの相談が流れてきた。「大したことじゃないんだけど」と前置きがついていた。指はすぐに動いて、「全然そんなことないよ」と返した。迷わなかった。
やり取りが落ち着いた頃、入力欄に自分のことを打ちはじめた。「実は私も」まで打ったとき、入力欄の上で画面が動いた。別の名前の吹き出しが増えていて、「ちょっと聞いてほしいんだけど」と始まっていた。見ている間にもうひとつ増えた。
自分の文を消して、その人への返事を打った。画面はまた流れはじめた。
一度しか言われていない
励まそうとして出た言葉だったのかもしれない。それは分からない。言った本人は、もう覚えていないかもしれない。言われたのは一度きりだ。店の混み具合も、そのあと何を話したのかも、もう思い出せない。
おわりに
深夜二時、布団の中にいた。目は開いたままで、あの一言がまた鳴っていた。あの人の声ではない。私の声になっている。いつから替わっていたのかは分からないまま、「もう誰にも言われなくていい」と思った。
布団から手を伸ばして、自分ひとりのトーク画面を開いた。「明日はちゃんと言おう」とだけ打って、送信した。画面を消すと、部屋がまた暗くなった。
朝が来た。通知がひとつ残っていて、差出人は自分の名前だった。既読をつけないまま消した。
『unfelt』という歌は、周りの言葉が全部正しいとわかっていて、「わかってる」と答えるたびに、心だけが置いていかれる人の歌です。





